Yuuki Kuwabara
桑原優希
photographer

kuriyaの理事として、事業展開をサポートしている桑原さん。ニューヨークでの留学時代に写真に出会い、写真家としてのキャリアをスタート。活動の傍らでkuriyaのワークショップの講師として、多文化の子どもたちや若者たちに写真を教えてこられました。

ワークショップやプロジェクトの中で、参加者一人一人の視点やアイデアを大切に、表現する力を育てる桑原さん。彼女のワークショプやサポートを経て、現在はクリエイターとしてのキャリアを目指し活躍する若者もいます。kuriyaの歩みに寄り添ってきた桑原さんが、現在の活動に込める想いとは。お話を伺います。

 

漠然とした違和感を抱えていた10代

ー桑原さんが、写真の表現と出会ったきっかけはなんですか?

桑原:私は京都で生まれ育ち、大学時代はニューヨークに留学しました。大学では人類学を学んでいたのですが、それを職業にすることは難しくて、どうしようかと思っている時に、写真に出会いました。

もともと映画と写真が大好きで、人類学の他にスタジオアートの授業を受けていました。そこで自分の写真の表現が評価されたんです。写真で人間を写し取り、表現することが、自分なりに「人間とは何か」を考えるアプローチなると直感しました。卒業後は、写真や映画、テレビの制作の現場でアルバイトやインターンをしました。私には、制作の現場が学びの場で、ここでの活動がとにかく楽しかったですね。

ー海外留学を決意した背景には、どのような想いがあったのですか?

桑原:10代の頃は、漠然とした違和感を感じて過ごしていたんです。自分の価値観や考え方が周囲と合わない気がして、自分はなんとなくここには属していないという感覚でした。やがて外に出たいという想いが強くなっていきました。高校生の頃に、ニュージーランドへ留学したことをきっかけに、ニューヨークの大学に留学することを決意したんです。

ニューヨークに暮らしてみると、多様なバックグラウンドや視点を持つ人々の中で、自分の価値観が初めて受け入れられたような、やっと自分でいられるような感覚になれました。心が自由になったその反面、全ての行動に伴う責任を意識する毎日でした。自分らしく生きてる喜びと、自由が生む責任の両方を若くして知ることができたと思っています。ニューヨークの10年間での経験と学びが、今の私のベースになっていると思います。

ー帰国後はどのような活動をされていたのでしょうか?

帰国後は、京都で写真の仕事も続けながら、現代アートを中心にイベントやアーティストプロデュースのアシスタントの仕事を始めました。

ニューヨークで写真や映像制作の現場で働く中で、自分が生まれ育った京都の文化や奥深さを再認識したんですよね。もともと「20代はとにかく経験を積んで、30歳になったらプロフェッショナルと言える仕事を持とう」と決めていて。28歳の時に、今後のキャリアを考えて帰国を決断しました。

 

多様な人々が暮らす社会で、kuriyaは大事な役割を担うのではないか

ーどのような経緯でkuriyaに関わられることになったのですか?

桑原:始まりは2007年頃、後のkuriya代表の海老原さんに出会ったことですね。当時、私は京都のイベントプロデュースの会社にお世話になっていて、お手伝いをしながら現代アートやプロデュースについて学ばせてもらっていました。海老原さんは、国際交流基金で海外の文化人を日本に招聘、有識者とのネットワークを培う仕事をしていました。その中で、モスクワの映画監督・舞台監督でもあるキリル・セレブレンニコフさんをコーディネートされていたんです。私はアーティストの知人を通して、キリルさんと面会する機会があって、同席されていた海老原さんにお会いしました。

お話をしてみて、多様なバックグラウンドを持つ若者に対する、海老原さんの社会的な課題意識の高さに驚いたのを覚えています。強い想いを持ちながら、いい仕事をしている人だなと思いました。しばらくして、海老原さんが、国際交流基金の新規事業を立ち上げ、外国籍の若者が多く暮らす新宿区で、外国人・日本人両方の中高生を対象にした映像制作のワークショップをスタートさせました。(「新宿区につながりのある中高生を対象とした映像共同制作ワークショップ」)その後、写真のワークショップもやりたいということで、声をかけてもらいました。

ーワークショップを引き受けた背景には、どのような想いがあったのですか?

桑原:外国人が増えていくこれからの社会で、kuriyaは大事な役割を担うのではないかと思いました。「ワークショップ」という言葉もまだあまり使われていなかった当時、今までにない取り組みに、可能性を感じましたね。

私はこれまで、表現や技術を人に教える機会はありませんでした。私のキャリアの次のステージとして、ワークショップを通じて、子どもや若者に表現を伝えていきたい。創作活動をきっかけに、移民の子どもや若者が社会との接点をもつことができればいいなと思ったんです。

 

移民の若者や多様性に対する、社会や現場の環境の変化

ーkuriyaでは、どのような関わり方をされているのでしょうか?

桑原:国際交流基金の新規事業としてスタートを切ってからは、ワークショップで写真や映像制作を教える講師をしていました。映像制作の先生やアーティストと一緒に、茨城にあるブラジル人学校をはじめ、新宿区の学習支援や児童館に通う多文化の中高生たちに写真を用いた表現を教えていました。

カメラを手に街歩きをして、撮った写真をその日の終わりにポストカードにして参加者に渡す。これがすごく喜ばれました。ワークショップを続けながら、子どもたちのポテンシャルを引き出すためのメソッドを、海老原さんと開発していきました。また、JTB グループが実施している2つの社会貢献活動『社の賑わい』と『地球いきいきプロジェクト』に新宿アートプロジェクトのユーススタッフを派遣する取り組みなど、企業CSRとの連携プロジェクトの展開をサポートしました。

ー長年kuriyaに関わられる中で、何か変化はありましたか?

桑原:kuriyaは、2009年から多文化の中高生を対象に、様々なアートを用いたワークショップを行ってきました。その後は、単発のアートワークショップだけでなく、多文化の若者の人材育成のための包括的なプログラムの開発に取り組みました。

2013年頃からは、移民の若者たちと日本の若者たちが、自ら企画して様々なプロジェクトやワークショップを行うようになりました。少し期間が空いて海老原さんと再会したときには、移民の若者や多様性に対する社会の変化や現場を取り巻く環境は大きく変わっていましたね。私はメンターとして、主体となって創作活動に取り組む若者をサポートしました。そして、2017年のkuriyaの法人化に伴い、理事になりました。

ーワークショップ講師から理事となった背景にある想いとは?

桑原:これまでのようなプロジェクトの部分的な関わりではなく、理事としてkuriyaにより深く関わっていこうと思いました。キャリアの面でも、この頃にはフリーランスのカメラマンから、自分の事務所を設立し、働き方が大きく変化していて。そういった変化を機に、新しい取り組みに挑戦したいと考えていたんです。

 

共通の想いのもと、繋がることのできた人々との関係性を大切にしていく

ー桑原さんにとって、kuriyaとはどのような団体ですか?

桑原:kuriyaの活動のベースには、海老原さんの移民の若者に対する社会意識の高さ、若者一人一人に丁寧に向き合う姿勢など、彼女の人間性が現れていると思います。その人間性に触れ、想いに共感するメンバーがそれぞれの想いを重ねて活動をしていく。多様なメンバーがこのkuriyaという組織を形作っています。

理事として団体の歩みを見守りながら、私個人としては、写真家の視点で、海老原さんの生き様をみていきたいという想いが強いですね。

ーkuriyaを一言で表すなら、どんな言葉が浮かびますか?

桑原:「future」ですかね。2009年にワークショップを開始した時から、kuriyaが提供する価値は社会の未来を担うものだと思っています。「多様性」や「移民」に対する世の中の意識は高まっていますが、kuriyaは常にその先を見据えて活動をしていると感じます。

ーご自身とkuriyaの展望について、どのようにお考えですか?

桑原:kuriyaは2016年から、東京、香港、マレーシアのアジア3つの都市で、人材育成の一環としてアートを通じたエンパワメントプログラムを実践している個人、NPOの国際連携プロジェクトに参加しています。(「多文化な若者達へのアートを通じた人材育成プロジェクト ―アジア間の国際プラットフォーム形成」

それぞれの取り組みや課題を話し合い、学び合いと協働プロジェクトの企画を進めています。若者のエンパワメントに対する国際社会の取り組みや課題、プロジェクトマネジメントの工夫など、活動のヒントを得る貴重な機会となっています。”多様な文化のバックグラウンドを持つ若者が活躍する場をつくる”という共通の想いのもと、国を越えて繋がることのできた人々との関係性を大切にしたいですね。

2009年に新宿区で活動をスタートさせたkuriyaが、今は東京や関東に活動の場を広げ、多文化の若者の人材育成に取り組んでいます。「違いが豊かさを生む社会」を目指すkuriya の活動に共感する、多くの人や組織と一緒に様々なプロジェクトを展開してきました。同じように、今後は海外との連携プロジェクトもさらに拡がってほしいですね。互いのノウハウや強みを活かして、より充実した育成プログラムや社会へつながる機会を若者に提供できると信じています。

私も写真家として、京都から東京へと拠点を拡げ、個人から事務所へと仕事の規模も大きく考えられるようになりました。今後は海外のフィールドで新しいプロジェクトに挑戦したいと考えています。kuriyaのこれからと私たちのこれから。それぞれの未来に大きな可能性を感じています。

ー桑原さん、ありがとうございました!

桑原:はい、こちらこそありがとうございました。

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桑原優希(Yuuki Kuwabara)

京都⽣まれ。16歳でニュージーランドへ留学。 19歳で渡⽶。ハンターカレッジ卒業。 即興コンダクションの先駆者であるブッチ・モリスのポートレートを撮影したのをきっかけに、 写真家としてのキャリアをスタートさせる。 帰国後は京都と東京を拠点に、桑原優希写真 事務所を設⽴。書籍、広告、映画やドラマのス チール写真を中⼼に活動している。⽂化、⼈、旅をテーマにした写真表現を⽬指している。

▼YUUKI KUWABARA
http://yuukikuwabara.com/

ライター:藤 あかね
写真:樽見 星爾

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